平成水入り大相撲

 勝負が長引いた時、行司が土俵上の両力士を分け、水を付けさせる。これを「水入り」と言う(現在ならだいたい4〜5分くらいで時計係審判と審判長が行司に合図を送って取組を止める)。控え力士などが廻しを締め直し、再度土俵に戻って分ける前の体勢に組み直した上で勝負を再開させる。
 これでいつまで長引いても取り組み続けられるのだが、さすがにそれでは体力が持たない。そこで二度目に水が入ると慣例として審判が協議し、「二番後取り直し」の措置が取られる。この「取り直し」は同体の時と同様に仕切りからやり直すものであるが、休息も目的としているので時間をおく。
 「二番後取り直し」の一番も長引けば再度「(二番後取り直し後の)水入り」となり、再開してまた二度目の水が入ると、もはや「二番後取り直し」の体力はないだろう。この場合は取り疲れというkとで「引き分け」となる(星取表に毎場所載っている記号「×」が使われる)。

 以下、平成に入っての水入り“大相撲”を並べてみた。ちなみに、幕下以下は力水を付けないので「水入り」はなく、長引いた場合は最初から「二番後取り直し」となる。
 現在は「水入り」の相撲がほとんどない。と言うより、30秒かかる相撲も稀であり、1場所合計で3分も相撲を取ってないという力士もいるほどである。

 参考までに、各表の最初に「昭和最後」の例も挙げてみた。

水入り1回目(「水入り」)
水入り2回目(「二番後取り直し」)
水入り3回目(「二番後取り直し後の水入り」)
水入り4回目(「引き分け」)

 

水入り大相撲

 「水入り」1回で勝負が付いた場合の表である。平成6年、あまりに久しぶりなので再開するまで“大相撲”となった椿事以来、ごくたまにではあるが水は入っている。奇妙なことに、審判長は九重(元千代の富士)さんが務めている場合が多かった。

場所 ○(勝ち) ●(負け) 備考
昭和55.1 14 北の湖 若乃花  
平成6.9 11 琴の若 武蔵丸  
平成7.1 9 小錦 貴闘力  
平成7.7 6 浪乃花 琴別府  
平成8.5 14 出羽嵐 千代の若 十両
平成11.11 9 琴光喜 北桜 十両
平成13.3 3 琴ノ 貴闘力  
平成14.3 15 旭鷲山 琴ノ  
平成15.1 15 旭鷲山 琴龍  
平成16.1 5 朝赤龍 追風海  
平成16.3 10 琴ノ 高見盛  
平成16.11 10 朝赤龍 時天空  
平成17.9 14 安馬 時天空  
平成17.11 8 隆乃若 豊ノ島  
平成21.5 11 時天空 阿覧  
平成27.1 14 逸ノ城 照ノ富士  
平成27.3 14 照ノ富士 逸ノ城 2場所連続

 

二番後取り直し大相撲

 「水入り」の後も勝負が長引くと、再び水を入れることになるが、その場合は慣例として審判が協議し、時間を置いて仕切りからもう一度取り直すことになる。基本的には「二番後」であるが、残り3番以下の場合は「一番後」(平成13年のケースでは、審判長が残り2番と勘違いし「一番後取り直し」といったん発表。その後「二番後」と訂正)、2番以下の場合は「10分後」に取り直すはず(場合によって異なる)。
 昭和61年のケースは、水が入らずにいきなり二番後取り直しとされた。十両以上は力水をつけるので、本来は水を入れるべきだったのだが…。

場所 ○(勝ち) ●(負け) 備考
昭和53.3 7 魁傑 旭國  
昭和61.3 2 益荒雄 若筑波 十両 水入りなし
平成13.5 6 琴光喜 武双山  

 

二番後取り直し再び水入り大相撲

 一度水が入って長引き、二番後に取り直したものの、再び大熱戦! また水が入って、再開後ようやく勝敗が決す!! というケースが考えられる。前回がいつだったかは調査不足で不明。

場所 ○(勝ち) ●(負け) 備考

 

引き分け大相撲

 大正期までは、微妙な勝負にははっきり○●を付けず、引き分けやら預かりやらにするケースが多々あった。
 現在の引き分けは、「水入り」や「二番後取り直し」でも勝負がつかないので止むを得ないものであり、昭和も50年代以降は全く例がない。
 余談だが、現在最後の引分力士の一人である三重ノ海(武蔵川)の弟子武蔵丸・武双山は、平成最初の「水入り」・「二番後取り直し」の当事者であるのは面白い。
 幕下以下や痛分も含めて、昭和以降の引分は別にページを設けたので、そちらも参照されたい(「昭和以降の引分・痛分一覧」)。

場所 ×(分け) ×(分け) 備考
昭和49.9 11 二子岳 三重ノ海  
制作・著作:紅葉橋律乃介(momijibasi@yahoo.co.jp) 「その他」入口へ 銀河大角力協会へ行く
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