三賞・雷電賞(相当)一覧表

 本表は、これまでに殊勲賞・敢闘賞・技能賞のいわゆる「三賞」を受賞した力士たちを集めた。
 昭和戦争が終戦し、復興さなかの昭和21年には11月場所1場所が行なわれたが、不入りであった。そこで相撲協会は報道陣と懇談会を設け、「部屋別総当たり」「優勝決定戦の実施」「優勝に準ずる“三賞”の贈呈」というような案が挙がった。
 3案ともいっぺんに実施するのは困難なので、まず「優勝決定戦」を翌22年6月場所から実施した。これが成功し、残る2案も11月場所から実施するに至った(「部屋別総当たり」はさすがに難しいので、「一門系統別総当たり」を復活させた。「部屋別」の実施は昭和40年1月から)。

 こうして「大相撲の復興と発展を図るため」実施された「三賞」制度だが、第1回である昭和22年11月場所の受賞者は、まだ基準が決まっていなかったため選定に困難を極めた。
 たとえば、殊勲賞には「場所中を通してもっとも活躍した功労力士」ということで、優勝した横綱も候補に上がり、ほかに横綱・大関を倒した力士、負け越し力士も候補に挙がった。結局は「関脇以下」「負け越し力士には受賞資格なし」ということに落ち着いたが、それでも殊勲賞と敢闘賞の選定基準は現在とは逆であった。

 現在の各賞選考基準は、おおむね下記のようになっている。
殊勲賞 横綱・大関または優勝候補と目される好成績の力士に勝った力士
敢闘賞 優勝に次ぐ好成績を挙げた力士、または特に目覚ましい活躍をした力士
技能賞 優秀な相撲技術を発揮して、十分にその成果を収めた力士

 本表ではもう一つ、「雷電賞」も取り上げている。
 雑誌「週刊読売」に、尾崎士郎が小説『雷電』を連載していた(昭和29〜31年、「報知新聞」に続編を32年〜35年まで)ことを記念し、読売新聞社が「関脇以下でもっとも優秀な成績を収めた力士」に雷電賞を贈っていた。雷電の手形と署名、それに蜀山人の賛入りの扇面を象眼した楯で、昭和31年3月から40年11月まで贈呈された。
   本表では、授与された期間とは関係なく、前後に遡って“雷電賞”を適用してみた(そのため(相当)と表記する)。雷電賞は、三賞と違って新聞社から独自に出された賞である。三賞と同列に扱うのはおかしいが、関脇以下の最高成績者が受賞していたこともあり、優勝者と合わせ、その場所の活躍力士を顕彰する意味も込めて、ここに載せておく。

 資料として、「戦後新入幕力士物語 一」(佐竹義淳著/ベースボールマガジン社、1990年)・「日本相撲大鑑」(窪寺紘一著/新人物往来社、1992年)・「本日晴天興行なり ―焼け跡の大相撲視」(小島貞二著/読売新聞社、1995年)・「大相撲の事典」(澤田一矢著/東京堂出版、1995年)・「大相撲ものしり帖」(池田雅雄著/ベースボールマガジン社、1990年)などを参照した。

昭和22・11〜昭和37・11 昭和38・1〜昭和48・11 昭和49・1〜昭和59・11 昭和60・1〜平成7・11
平成8・1〜平成18・11 平成19・1〜    
本表の見方 獲得順回数表 合計順位表 殊勲賞順位表
敢闘賞順位表 技能賞順位表   雷電賞順位表
制作・著作:紅葉橋律乃介(momijibasi@yahoo.co.jp) 優勝入口へ 三賞入口へ 銀河大角力協会へ行く

平成十八年九月一日作成

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