十枚目以下各段優勝一覧表

 本表では、十枚目(十両)〜序ノ口までの各段優勝・同点者を記した。
 大正時代には、十枚目や幕下の最優秀成績者へ、民間から賞金が与えられたと言う。また、昭和10年ごろから、各段の全勝優勝者は相撲協会から表彰されていたという。いずれも、はっきりとした時期は分からない。従って、現在のように十枚目〜序ノ口の優勝者が表彰されるようになった時期は不明である(「激動の昭和スポーツ史 相撲 上」の年表では、幕内と十枚目は最初から「優勝力士」と書かれているが、昭和20年6月まで幕下以下は「以下、最優秀力士」と書かれている。あるいは戦後から全ての段で表彰が始まったのかも知れない)。
 相撲協会が各場所後に発行する星取表は、昭和9年5月場所から、全力士の星取が掲載されるようになった(それまでは、幕下の途中までしか載っていなかった)。従って、全力士の成績が一覧出来るようになった。そこで本表では、表彰の有無にかかわらず、昭和9年5月以降の最高成績者・同点者を掲載することにした(十枚目に関しては、明治21年以降の優勝者・同点者を掲載した「十枚目優勝者」を別に作成しているので、参照されたい)。

昭和9・5〜昭和22・6 昭和22・11〜昭和37・11 昭和38・1〜昭和48・11 昭和49・1〜昭和59・11
昭和60・1〜平成7・11 平成8・1〜平成18・11 平成19・1〜  

 表の配列は、優勝・同点にかかわらず番附順とした。幅の都合で、特に「優勝」(同点)などと明記していないが、勝敗を記した力士が優勝(最優秀)である。個人別の成績を把握していないので、回数やのちの改名などは明示していない。

 シコ名は、番附記載のものを基準とするが、場所・書き手やスペースによって書き方が変わる文字については、なるべく正当と思われる文字を使用した。
 誤字と思われるものは、星取表の記載を正当と考えた。例として、昭和32年9月の序ノ口同点者に「橋本」と番附に記載があるが、星取表では「橋ノ本」である。翌場所の番附には「橋ノ本改メ」とあるので、「橋ノ本」を正当とした。

 優勝者・同点者はその名の通りだが、同成績者の優勝決定戦が制度化されたのは、昭和22年6月以降である。それより前の場所は、番附上位者を自動的に“優勝者”とした。また、幕下以下の優勝決定戦は、昭和25年1月〜31年1月までは行なわれていなかった。従って、その時期は番附上位者が自動的に優勝者となっていた(こちらは、確実に相撲協会から公式の表彰がされていた)。

 場所によって、同じ段で出場日数が違う場合がある。「優勝」・「同点」の計算は、「勝ち越し点」(勝ちから負けを差し引いた数)を基準とした。また、各段で連日出場(15日制であれば15日全部)していた場所があるが、その場合、出場者の休場等で、取り組みが組めずに14番だけで終了した力士が存在する。優勝争いに絡む例として、昭和25年9月の序ノ口があるが、「優勝」として表彰されたのは9勝5敗の力士である。他に9勝6敗の力士がいたが、編成の都合で1番少ない力士が、負けが少ないので「勝ち越し点」が高くなり、優勝者となった。他の力士に“16番目”を取らせるわけにも行かず、止むを得ないもと思われるが、珍しい例と言える。

 地位は星取表の順位を基準とするが、戦中・戦後は出征者や場所前の廃業者は星取表から消えている場合があり、復員者は番附外として、該当の地位に付け出されている。それらの場所は番附を基準とし、それ以外は番附の編成ミスが星取表で修正されている場合もあるので、星取表を基準とする。いずれの場合も間違って読んでいる場合もあるので、お気づきの方はご指摘いただければと思います。

・参考資料
番附表・星取表(日本相撲協会発行)
「近世日本相撲史」第一巻〜第五巻より番附表・星取表(ベースボール・マガジン社刊)
「激動の昭和スポーツ史」相撲 上・下(ベースボール・マガジン社刊)
「『ゴング格闘技』増刊'93年版 大相撲観戦ガイド」(日本スポーツ出版社刊) など

制作・著作:紅葉橋律乃介(momijibasi@yahoo.co.jp) 優勝入口へ 銀河大角力協会へ行く

平成二十一年六月二日作成

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