ここでは、財団法人大日本相撲協会(昭和41年4月1日より日本相撲協会)発足後の年寄名跡(一代年寄などを含む)の移り変わりを見てみる。

 東京相撲と大阪相撲が合併して発足した大日本相撲協会であるが、東京方は東京大角力協会発足(明治20年)時制定の88家がそのまま移行。大阪角力協会には代々継承されている名跡は少なく、一代限りの世話人や頭取(年寄)が多かったため、大阪方からは調印時(大正14年7月)に襲名者がいた15家と、一代頭取「荒岩」が加入。襲名者がいなかった5家(「北陣」・「不知火」・「西岩」・「猪名川」・「藤嶋」)は廃家とされた。なお、「猪名川」は東京方に同音「稲川」がおり、「藤嶋」も同名の名跡があったが、同音・同名でも襲名者がいた「鏡山」は一代限り併存が許された。

 襲名資格について、明治中期までは特に制限もなかったが、明治29年に「幕下以上」とされた。従って、昭和2年の段階でもそのままだったようだ。

昭和 2年 1月 5日(105家) 東京の88家と大阪より17家加入して発足
東京88家 淺香山[あさかやま]東関[あずまぜき]荒礒[あらいそ]荒汐[あらしお][いかずち]伊勢ケ濱[いせがはま]伊勢ノ海[いせのうみ]井筒[いづつ]稲川[いながわ]入間川[いるまがわ]浦風[うらかぜ]追手風[おいてかぜ]阿武松[おうのまつ]大嶽[おおたけ]大山[おおやま]尾車[おぐるま]音羽山[おとわやま]尾上[おのえ]鏡山[かがみやま]春日野[かすがの]春日山[かすがやま]片男浪[かたおなみ]勝ノ浦[かつのうら]甲山[かぶとやま]君ケ濱[きみがはま]木村庄之助[きむらしょうのすけ]木村瀬平[きむらせへい]清見潟[きよみがた]桐山[きりやま]熊ケ谷[くまがたに]粂川[くめがわ]九重[ここのえ]境川[さかいがわ]佐渡ケ嶽[さどがたけ]佐ノ山[さのやま]式守伊之助[しきもりいのすけ]式守秀五郎[しきもりひでごろう]錣山[しころやま]芝田山[しばたやま]白玉[しらたま]関ノ戸[せきのと]高砂[たかさご]高嶋[たかしま]武隈[たけくま]田子ノ浦[たごのうら]立田川[たつたがわ]立田山[たつたやま]立浪[たつなみ]立川[たてかわ]楯山[たてやま]谷川[たにがわ]玉垣[たまがき]玉ノ井[たまのい]千賀ノ浦[ちがのうら]出来山[できやま]出羽海[でわのうみ]常盤山[ときわやま]友綱[ともづな]中川[なかがわ]中立[なかだち]鳴戸[なると]錦嶋[にしきじま]錦戸[にしきど]二所ノ関[にしょのせき]根岸[ねぎし]二十山[はたちやま]八角[はっかく]花籠[はなかご]放駒[はなれごま]濱風[はまかぜ]秀ノ山[ひでのやま]冨士ケ根[ふじがね]藤嶋[ふじしま]二子山[ふたごやま]振分[ふりわけ]間垣[まがき]松ケ根[まつがね]待乳山[まつちやま]陸奥[みちのく]湊川[みなとがわ]峰崎[みねざき]宮城野[みやぎの]武藏川[むさしがわ]山科[やましな]山響[やまひびき]山分[やまわけ]若藤[わかふじ]若松[わかまつ]
大阪17家 朝日山[あさひやま]荒岩[あらいわ]岩友[いわとも]枝川[えだがわ]大鳴戸[おおなると]押尾川[おしおがわ]小野川[おのがわ]鏡山[かがみやま]陣幕[じんまく]千田川[せんだがわ]高崎[たかさき]高田川[たかだがわ]竹縄[たけなわ]時津風[ときつかぜ]中村[なかむら][みなと]三保ケ関[みほがせき]

昭和 4年 5月 1日 襲名資格改正
 幕内1場所、十両176日全勤(1場所11日・年4場所)
 ※十両以上で師匠の名籍を継承者は、理事会の承認により継承可(以降の改正でも適用)

昭和 4年 9月19日(104家) 旧大阪方「鏡山」死去で廃家

昭和 4年 9月22日(103家) 「荒岩」死去で廃家

昭和 6年 6月 6日 旧大阪方5名跡を追認、将来年寄名簿に登録することを承認(「猪名川」・「不知火」・「藤嶋」・「西岩」・「北陣」)

昭和11年 5月 1日 襲名資格改正
 幕内1場所、十両東京本場所110日全勤(1場所11日・年2場所)

昭和14年 5月 1日 襲名資格改正
 幕内1場所、十両東京本場所8場所全勤・幕下上下する場合は10場所全勤(1場所15日・年2場所)

昭和16年 1月 横綱一代年寄制度ができる

昭和16年 5月14日(105家) 現役の横綱も年寄として優遇することに修正
 双葉山[ふたばやま]男女ノ川[みなのがわ]

昭和16年 5月24日(106家) 横綱に推挙で創設
 羽黒山[はぐろやま]

昭和17年 2月(111家) 旧大阪方の5名跡を復活
 猪名川改メ安治川[あじがわ]・藤嶋改メ大島[おおしま]北陣[きたじん]不知火[しらぬい]西岩[にしいわ]

昭和17年 5月25日 この日の昇進者より横綱一代年寄制度を廃止

昭和20年 6月限り(110家) 「男女ノ川」廃業で廃家

昭和20年11月26日(109家) 「双葉山」引退「時津風」襲名で廃家

昭和25年10月 襲名資格改正
 幕内1場所、十両8場所連続全勤・現地位に居り出場日数が8場所に充当する者(1場所15日・年3場所)

昭和26年 5月28日(108家) 「根岸」を廃家

昭和27年12月(107家) 「羽黒山」が「立浪」襲名(二枚鑑札)で廃家

昭和32年 3月17日 横綱一代年寄制度復活

昭和32年12月 襲名資格改正
 幕内1場所全勤、十両連続20場所・通算25場所(1場所15日・年6場所)
 ※十両力士で師匠の名跡を継承者は、理事会の承認により継承可(以降の改正でも適用)

昭和33年 1月20日(108家) 引退・創設
 吉葉山[よしばやま]

昭和33年 1月26日(109家) 引退・創設
 鏡里[かがみさと]

昭和34年 1月 3日(107家) 「木村庄之助」と「式守伊之助」を年寄名跡から除く

昭和34年 1月27日(108家) 引退・創設
 千代の山[ちよのやま]

昭和34年 8月29日(105家+3) 横綱一代年寄制度廃止、横綱は引退後5年間は年寄名跡がなくても年寄優遇(現一代年寄「吉葉山」・「鏡里」・「千代の山」は引退時より5年間年寄優遇に修正)

昭和34年 9月30日(105家+2) 「千代の山」は「九重」に名跡変更

昭和35年 1月 2日(105家+1) 「吉葉山」は「宮城野」に名跡変更

昭和35年 2月 2日(105家) 「鏡里」は「粂川」に名跡変更

昭和37年 1月12日(105家+1) 引退
 朝潮[あさしお]

昭和37年 1月20日(105家) 「朝潮」は「振分」に名跡変更

昭和41年11月19日(105家+1) 引退
 栃ノ海[とちのうみ]

昭和42年 2月 2日(105家) 「栃ノ海」は「中立」に名跡変更

昭和44年 8月29日(106家) 優勝30回に際し一代年寄を授与
 大鵬[たいほう]

昭和58年 1月14日(106家+1) 引退
 若乃花[わかのはな]

昭和58年 5月28日(106家) 「若乃花」は「間垣」に名跡変更

昭和60年 1月15日(107家) 引退に際し一代年寄を授与
 北の湖[きたのうみ]

平成元年 9月28日(108家) 優勝29回に際し一代年寄を授与
 千代の富士[ちよのふじ]

平成元年 9月29日(107家) 「千代の富士」本人が辞退により取り消し

平成 3年 7月15日(107家+1) 引退
 大乃国[おおのくに]

平成 4年 1月15日(107家+2) 引退
 旭富士[あさひふじ]

平成 4年 5月 8日(107家+3) 引退
 北勝海[ほくとうみ]

平成 5年 3月25日(107家+2) 「大乃国」は「芝田山」に名跡変更

平成 5年 4月26日(107家+1) 「旭富士」は「安治川」に名跡変更

平成 5年 9月25日(107家) 「北勝海」は「八角」に名跡変更

平成10年 5月 1日 襲名資格改正
 幕内20場所、幕内と十両合わせて30場所。
 横綱は引退後5年間・大関は3年間は年寄名跡がなくても年寄優遇(以降の改正でも適用)
 年寄名跡の貸借(“借り名跡”)の禁止により、関脇以下で年寄名跡がない場合は準年寄(10名以内・2年間)の制度を新設

平成10年 7月18日(107家・準2) 準年寄増加=「三杉里」・「小城乃花」

平成10年10月19日(107家・準3) 準年寄増加=「久島海」

平成11年 1月21日(107家・準4) 準年寄増加=「旭豊」

平成11年 2月22日(107家・準3) 準年寄減少(年寄取得)=「旭豊」

平成11年 6月11日(107家・準4) 準年寄増加=「大翔鳳」

平成11年 8月26日(107家・準3) 準年寄減少(年寄取得)=「久島海」

平成11年 9月21日(107家・準4) 準年寄増加=「時津洋」

平成11年12月 4日(107家・準3) 準年寄減少(死去)=「大翔鳳」

平成12年 4月17日(107家・準4) 準年寄増加=「巌雄」

平成12年 8月 1日(107家・準2) 準年寄減少(年寄取得)=「三杉里」・「小城乃花」

平成12年 9月10日(107家・準3) 準年寄増加=「琴錦」

平成13年 1月22日(107家+1・準3) 引退
 [あけぼの]

平成13年 5月14日(107家+1・準4) 準年寄増加=「敷島」

平成13年 9月30日(107家+1・準3) 準年寄減少(期間満了)=「時津洋」

平成13年10月19日(107家+1・準4) 準年寄増加=「智乃花」

平成13年12月18日(107家+1・準3) 準年寄減少(年寄取得)=「巌雄」

平成13年12月27日(107家+1・準4) 準年寄増加=「朝乃翔」

平成14年 1月17日(107家+1・準3) 準年寄減少(年寄取得→本当は借用)=「敷島」

平成14年 3月24日(107家+1・準4) 準年寄増加=「大至」

平成14年 9月 3日 襲名資格改正
 幕内20場所、幕内と十両合わせて30場所
 相撲部屋を継承する場合は幕内12場所、幕内と十両合わせて20場所。満たない場合は理事会の承認があれば可能。
 “年寄名跡の貸借(“借り名跡”)の解禁により、準年寄在籍期間の短縮(5名以内・1年間、この日以降の就任者に適用)

平成14年 9月16日(107家+1・準3) 準年寄減少(年寄借用)=「琴錦」

平成15年 1月20日(108家+1・準3) 引退に際し一代年寄を授与
 貴乃花[たかのはな]

平成15年 2月13日(108家+1・準2) 準年寄減少(年寄借用)=「智乃花」

平成15年 6月18日(108家+1・準1) 準年寄減少(退職)=「大至」

平成15年 9月30日(108家+1) 準年寄減少(年寄借用)=「朝乃翔」

平成15年11月 5日(108家) 「」廃業

平成15年11月16日(108家+1) 引退
 武蔵丸[むさしまる]

平成16年 5月10日(108家+1・準1) 準年寄増加=「若ノ城」

平成16年11月26日(108家+1・準2) 準年寄増加=「大碇」

平成17年 4月22日(108家+1・準3) 準年寄増加=「琴龍」

平成17年 5月16日(108家+1・準2) 準年寄減少(年寄借用)=「若ノ城」

平成17年 5月27日(108家+1・準1) 準年寄減少(年寄取得)=「大碇」

平成17年 5月28日(107家+1・準1) 「大鵬」停年退職で廃家

平成17年11月17日(107家+1・準2) 準年寄増加=「五城楼」

平成17年11月27日(107家+1・準3) 準年寄増加=「燁司」

平成18年 4月30日(107家+1・準2) 準年寄減少(期間満了)=「琴龍」

平成18年 5月 7日(107家+1・準3) 準年寄増加=「闘牙」

平成18年 5月18日(107家+1・準4) 準年寄増加=「隆の鶴」

平成18年 5月21日(107家+1・準5) 準年寄増加=「金開山」

平成18年 9月28日(107家+1・準4) 準年寄減少(年寄借用)=「燁司」

平成18年11月18日(107家+1・準5) 準年寄増加=「春ノ山」

平成18年11月26日(107家+1・準4) 準年寄減少(年寄取得)=「五城楼」

平成18年12月21日 襲名資格改正
 準年寄制度を廃止(現在籍者は在籍期間満了まで有効)

平成19年 5月 7日(107家+2・準4) 引退
 栃東[とちあずま]

平成19年 5月18日(107家+2・準3) 準年寄減少(年寄借用)=「金開山」

平成19年 5月30日(107家+2・準2) 準年寄減少(年寄借用)=「闘牙」

平成19年 5月31日(107家+2・準1) 準年寄減少(年寄借用)=「隆の鶴」

平成19年11月25日(107家+2) 準年寄減少(年寄借用)=「春ノ山」

平成20年10月22日(107家+1) 「武蔵丸」は「振分」に名跡変更(借用)

平成21年 9月 3日(107家) 「栃東」は「玉ノ井」に名跡変更(取得)

平成25年11月17日 襲名資格改正
 幕内20場所、幕内と十両合わせて30場所。ただし、関取在位通算28場所以上の場合は推薦者(名跡の前保有者)・師匠・保証人(現役年寄)の願書があれば、理事会が是非を決定
 相撲部屋を継承する場合は幕内12場所、幕内と十両合わせて20場所。満たない場合は理事会の承認があれば可能。

平成26年 1月30日 公益財団法人に移行。年寄名跡は協会が一括管理となり、新規の借用は禁止

平成26年 3月20日(107家+1) 引退
 琴欧洲[ことおうしゅう]

平成26年11月16日 希望者は、停年退職後も最長5年まで参与として年寄名のまま再雇用する規定を追加

平成27年 2月12日(107家) 「琴欧洲」は「鳴戸」に名跡変更(取得)

平成27年11月20日(106家) 「北の湖」死去により廃家
制作・著作:紅葉橋律乃介(momijibasi@yahoo.co.jp) 「年寄」入口へ 銀河大角力協会へ行く
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