本表は明治42年6月場所以降を対象に、各場所の「一位」〜「三位」を一覧にしたものである。「優勝」であれば優勝掲額(明治42年6月〜)や優勝賜盃(大正15年1月〜)の対象として公式記録であるが、「二位」「三位」は本表内だけの私的なものであり、あくまでお遊びとしてご認識いただきたい。なお、昭和23年10月場所は「一位」〜「三位」まで相撲協会の表彰が行なわれ、少なくとも幕内では三位決定戦が行なわれている(昭和24年10月場所は幕内以外で「三位」まで表彰されている)。
なお、大正15年10月に「第2回東西連盟大相撲」が行なわれた。東京相撲と大阪相撲が合併する、昭和2年1月場所の番附編成参考のため開かれた興行で、本場所としては扱われていないが、優勝賜盃が授与されているため、本表では記録に含めた。
一位・二位・三位力士の一覧表 | ・明治42年6月場所以降の場所別一覧表 | |
回数順一覧
1位・2位・3位の順 2位・3位・1位の順 3位・2位・1位の順 |
・「一位」「二位」「三位」の回数順に並べた表 |
昭和22年6月場所以降の「一位」は「優勝」と同義である。従って優勝力士を「一位」とした。優勝同点者がいる場合、4名以内であれば「二位」または「三位」とした。なお、優勝決定戦進出者の番附地位は考慮しない。
・同点者2名の場合
優勝決定戦の敗者は「二位」
・同点者3名の場合
優勝決定巴戦の敗者は「二位」(タイ)
・同点者4名の場合
優勝戦(1回戦)の敗者は「三位」(タイ)、2名に絞られた後は「同点者2名の場合」と同じ
・同点者5〜6名の場合
優勝戦(1回戦)の敗者は「四位」(タイ)=圏外、3名に絞られた後は「同点者3名の場合」と同じ
明治42年6月〜昭和21年11月は優勝決定戦制度がなく、優勝同点者がいる場合は番附上位者を機械的に「優勝」と決定していた。この方法では「二位」「三位」も機械的に決まるが、それでは面白みがないため、本表では同点者を直接対決の勝敗で判定した。「二位」「三位」は全場所直接対決の判定だが、昭和21年までは「一位」もこの判定を用いる。従って、相撲協会制定の「優勝」と次の場所で差異が生じた(場所:「一位」力士→優勝力士の順)。「一位・二位・三位力士の一覧表」では該当場所を で示した。
昭和 2年10月:能代潟→常ノ花
昭和 3年10月:常ノ花→宮城山
昭和 4年 3月:玉錦→豊國
昭和 4年 9月:宮城山→常ノ花
昭和 5年 1月:玉錦→豊國
昭和 7年 5月:清水川→玉錦
昭和 7年10月:沖ツ海→清水川
昭和17年 5月:照國→双葉山
直接対決での判定について。2名の場合は判定が容易だが、3名以上の場合は番附の上下・同じ方屋・同じ系統・同じ部屋などの理由で対戦しないことが多い。そのような場合は、当事者間の直接対決で勝った力士の番附の上下(大関A・小結B・平幕Cの3人が並び、各1勝1敗で並ぶと仮定した場合、大関に勝った力士・小結に勝った力士・平幕に勝った力士の順に並べる)を参考にした。なお、横綱・大関と平幕下位力士複数名が並び、番附の関係で上位は平幕と対戦せず、平幕同士で対戦があったとしても、上位の成績と下位の成績では単純に比べられないため、このような例の場合は番附上位者を上の順位とした。
・「場所」と「地位」の間にある数字は順位。「一位」 ・「二位」 ・「三位」 で色を変えた。
・「成績」は「勝-敗.休(分預)」の順。
・「回」はその場所時点の回数。右の「○」は最終、「*」は現時点での最後。
・回数一覧表の「キーシコ名」は本表初登場時のシコ名で、同名力士区別のために記載した。
「激動の昭和スポーツ史」相撲 上・下
「近世日本相撲史」
雑誌「NHK大相撲ジャーナル」
雑誌「相撲」各号
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制作・著作:紅葉橋律乃介(momijibasi@yahoo.co.jp) | 銀河大角力協会へ行く |
平成二十八年十二月四日改訂(H28.11分を追加)
平成二十八年十月二十七日作成