審判による協議を経て

 土俵の進行中、審判委員が土俵上で協議する場合がある。微妙な勝負の場合もあれば、力士が負傷して続行不可能になった場合、あるいは、相撲が長引いた場合…など。ここでは、協議後の口上を示す。
 なお、協議が行なわれた場合は、審判長が「ただ今の協議について説明いたします…」などと場内に説明する。「説明します…」と言いつつ、結果だけしか言わない人。該当力士のシコ名を度忘れする人。協議の多数決の結果まで喋る人…と、説明にも色々あるようだ。

物言い

 行司は勝負が付いたと見ると、東西どちらかを団扇で差し示す。それに異議がある場合は、(速やかに)審判委員や控えの力士かが「物言い」を付け、審判委員は土俵上で協議する(控え力士は「物言い」を付けることが出来るのみ、協議に参加できない)。行司も協議に参加できるものの、判定については審判のみ決定権がある。

・軍配どおり

 協議の結果、勝敗に変化がない場合は「軍配どおり」ということで、通常どおり勝ち名乗りを上げる。

・差し違い

 反対の力士の勝ちと判定された場合は「行司差し違い」となり、いったん定位置で礼をしたあと、改めて反対の力士に勝ち名乗りを上げる。この場合は行司の「黒星」となり、昇降の査定に影響する。ちなみに、勝負がついたあといったん団扇をどちらかに上げ、すぐに反対の方屋に上げなおす場合がある。これは「廻し団扇」と言って“ご法度”であるが、普通に行なわれている。これも“黒星”に含まれる…はず。

・同体取り直し

 どちらの勝ちとも判定し難い場合は「同体」と言い、「取り直し」となる。取り直しが決定すると、行司は次のように述べる。

 ただいまの勝負、取り直しにござりまする

 もう一度仕切りからやり直すが、呼び上げは行なわない。即ち、呼び上げが終わったあとの動きからの「仕切り直し」である。
 取り直しには、同体の場合のほか、勝負が付く前に誤って行司が団扇を上げてしまった場合にも行なわれるが、この場合も、やはり「最初から取り直し」と言うことで、呼び上げ後の動きからやり直す。当該力士にとっては迷惑な話で、一番余計に見られる観客だけが喜ぶ結果となる。

※無勝負

 現在では、どちらの勝ちとも判定し難い場合であっても、行司はどちらかに団扇を上げなくてはならない。しかし、江戸時代終わりの元治ごろまでは、団扇を東西ではなく真上に向け、次のように述べたという。

 ただいまの勝負、無勝負

 これは審判(当時は中改め)からではなく、行司自らが宣言するものである。団扇を真上に上げ、その後袴にしまいこんで判定をうやむやにした。なので、これは行司に与えられた権利でもあった。
 幕末と言えども、江戸時代のことである。はっきりと白黒つけづらい取組も多々あった。見ている方はつまらないことこの上ないが、現在のように何度も取り直してまで勝敗を付ける必要がなかった、と考えられよう。
 むかし、相撲解説者の出羽錦さん(もと関脇、故人)が「むかしは無勝負、無勝負っつって、どっちに(団扇を)上げるか迷った場合は上に上げた」などと言っていたことがある。長老の出羽錦さんが言う昔とはそう遠くないことかと思いきや、実は明治よりも前だったことを知り、驚いたものだ。まあ、現代では考えられない制度であるが…。

・水入り

 相撲が長引いて勝負が付かない場合、静止したところを見計らって、中断させることがある。これを「水入り」と呼ぶが、最近では滅多に起こらない(平成以降の水入り力士は「平成水入り大相撲」参照)。ちなみに、水を入れるのは十両以上の取組のみで、幕下以下は水を入れずに「二番後取り直し」となる。
 勝負が長引くと(だいたい4分くらい)、時計係の審判が審判長に合図する。それを見て、審判長が「水」と行司に声を掛けて知らせる。行司は両力士の廻しをたたいて静止させ、組み手を確認しながら土俵に足の位置が分かるように跡を付けさせ、両力士を分ける(この時、行司はその場にとどまって、力士が戻るのを待つ)。両力士は控えの力士から水をつけてもらい、緩んだ廻しを締めなおしてもらう。再び土俵に上がり、先ほどの組み手・足の位置になるように行司が指示する(いかに分かれる前と同じような体勢に戻せるか、“行司の腕の見せ所”と言われる)。審判長はビデオ室の親方と連絡を取り合い、分かれる前の体勢になるよう、行司に指示を出す。納得のいく体勢になったところで、再び行司は両力士の廻しをたたき、相撲を再開する。
 出血がひどい場合、審判長の判断で、行司は動きが止まったところを見計らって血をぬぐう場合がある(なるべく土俵上に血が落ちないようにするため)。組み合った状態で止血するのが難しい場合は、審判長の判断で両者を分け、土俵を降りて止血することもある。この場合は「水入り」に準じた取り扱いとなり、同じように分かれる前の体勢に戻してから、相撲を再開する。

・二番後取り直し

 「水入り」でいったん分かれた場合、まったく元の体勢に戻ることは不可能である。長々と取っている力士としては、少しでも有利な体勢で再開したいと思うだろう。再開後すぐに勝負が決まる場合が多いが、これは、基本的に膠着状態で水が入ったため、わずかな体勢の違いが勝負の決め手になるのである。
 逆に、再開後も動きが少ないと、さらに長引いてしまう。最初の「水入り」までは4分が目安だが、再開後もさらに4分ほど勝負が付かないと、再び時計係の審判が審判長に合図する。それを見て、審判長が「待った」と声を掛け、行司は両力士を静止させる。ここでは、足の位置決めや組み手の確認は行なわない。
 審判は土俵上で協議し、行司は次のように述べる。

 双方とも取り疲れましたるゆえ、二番後取り直しにござりまする

 呼出しは「二番後取直し」の垂れ幕を掲げて、場内に知らせる。再開時は「先程の二番後取直し」の垂れ幕を掲げて、場内に知らせてから仕切る。
 残りの番数によっては、必ずしも「二番後」とは限らない。残りが三番以上あれば「二番後」で良いが、二番しかない場合は、結びの後に取り直すことになってしまう。それを避けるため、「一番後」に変更する場合がある。口上もそれに倣う。

 双方とも取り疲れましたるゆえ、一番後取り直しにござりまする

 また、残り一番、つまり結び前の取組の場合、さらに結びの相撲が「二番後取り直し」になってしまった場合、結び前の場合は「一番後」にするしかないし、結びの場合はどうしようもない。これらの場合は、「十分後」に取り直すことになる。口上は、たぶんこうなる。

 双方とも取り疲れましたるゆえ、十分後取り直しにござりまする

 十両以上ではなかなか「二番後取り直し」は見られないが、幕下以下では「水入り」がないので、たまにある。「一番後」や「十分後」は、幕内の場合しかあり得ない…いや、中跳ねの場合は?

・引き分け

 「二番後取り直し」の相撲も長引いた場合、また「水入り」となる。さらに長引いた場合は、ついにここで打ち止めとなる。この場合は、星取表上「引分」と呼ばれる。この場合の口上は次のとおり。

 双方とも取り疲れましたるゆえ、引き分け預かりおきます

 当然ながら、この場合は勝ち名乗りを上げられない。呼出しは「引分」の垂れ幕を掲げる。

※預かり

 今は同体の場合でも「取り直し」という制度があるが、この制度が出来る前は「預かり」と言って、相撲を打ち切っていた。前述の「無勝負」は行司が判断するものだが、「預かり」は審判側の判断による。しかし、星取表上は「預かり」と書かれても、“陰星”と言って、番附編成上は白星と読み替えた場合(つまり、本来は白星にすべきだが、強引に預かりで通した)もあり、甚だ不合理なものであった。
 現代では「預かり」は規則にないはずだが、特例として「預か」った例がある。昭和26(1951)年のことで、体調不良の東冨士と吉葉山の対戦でのこと。同体取り直し、水入り、また同体という大熱戦。しかし肺炎で休場勧告も受けていた東冨士は、再度の取り直しには立ち上がることも出来ず。本人は「棄権するから向こうの勝ちで」と譲ったが、吉葉山は「預かりでも良い」と。協議の結果、“異例”の預かりと相成った。こういった場合の口上はどうなるのだろうか。

 双方とも取り疲れましたるゆえ、引き分け預かりおきます

 引き分けと同じく、勝負は付いていない。もともと「引き分け預かり」と述べていることから、口上は「引き分け」と同様ではないかと思われる。ただし、今後「預かり」は、まず出ないであろう。

・痛み分け

 取組中に力士の負傷が認められた場合、いったん行司が両力士を止める。軽い負傷の場合は、その場で応急処置を施す。土俵上で応急処置が出来ない場合、「水入り」の要領で分け、治療ののち、再び同じ体勢から再開する。
 続行不可能と認められた場合は、審判は土俵上で協議する。本人に相撲を取れるかどうか確認し、また、相手力士にも状況を説明する。これ以上相撲が取れない場合は、「痛み分け」として取組を打ち切る。審判は場内に説明し、行司は次のように述べる。

 かたやに痛み、引き分け預かりおきます

 呼出しは「痛分」の垂れ幕を掲げる。
 平成11(1999)年1月場所、取り直しの相撲で力士が土俵に上がれなかった。そこで、審判長は「取り直しが不可能なので痛み分け」と説明した。本人に確認するのが原則だが、あまり例がないので手続きを誤ったものである。そこで、適用基準が再確認された。それによると、あくまでも「取組中」の負傷による場合に適用されることになった。つまり、「取り直し」になる場合であっても、いったんはどちらかが団扇を受けており、「取組」は終わっている。勝負が付いたかどうかは問題ではない。その後の「取り直し」で相撲を取れない場合は、棄権と見なして不戦敗にすることになった。

制作・著作:紅葉橋律乃介 口上入口へ 行司入口へ 銀河大角力協会総合入口へ

平成十九年六月二十五日新設

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