内閣総理大臣別内閣総理大臣杯獲得力士表・入口

入口 総理大臣別 優勝力士別

昭和42(1967)年、時の総理大臣佐藤榮作と日本相撲協会時津風理事長(もと横綱双葉山)との話し合いによって、国技振興のために「内閣総理大臣杯」を幕内最高優勝者に贈ることが決まった。
 昭和43年1月場所以降の優勝力士に贈られているが、残念ながら相撲協会の不祥事によって、平成22(2010)年7月は天皇賜盃ほか外部表彰を辞退、23年3月は興行そのものができず、5月は本場所に代わる技量審査場所で外部表彰どころか番附も優勝掲額すらなしと、必ずしも「毎場所優勝力士に贈られる」ものではなくなってしまった。
 本表ではどの総理が誰に何回「総理大臣杯」を授与したかを記載する。長期政権が少ない昨今、果たして意外な結果が出ているのかどうか…。
 「総理大臣杯」と言いつつ、総理自身が授与することは稀である。平成8(1996)年1月の橋本龍太郎総理が優勝した貴ノ浪へ手渡したのが、総理本人が直接手渡しした最初。以降、就任から遠くない東京場所での直接手渡しが慣例のようであるが、朝青龍と約束した小泉純一郎総理が九州場所で授与するような例外もある。また、多くは内閣官房副長官が代読するが、稀に官房長官が授与したり、代読者がわざわざ「代読、○○(自分の名前)」と政治家らしく名前を売っていたり、「白鵬 翔」を「ハク・ホウショウ」と読む官房長官、「内閣総理大臣 朝青龍殿」と読む総理大臣がいたりと、珍プレーも多い。何より、ちょうど相撲協会の優勝旗のあと、NHKの優勝インタヴューの前なので確実にTV中継される注目度の高さを考えるとやむを得ない面もあるが…。

本表は、1人の総理が誰に授与したか・1人の力士が誰から獲得したかの「総理大臣別」と「優勝力士別」に分けた。また、この「入口」では多数獲得した力士を抜粋した(優勝力士名・総理大臣名は敬称略)

1人の総理から6回以上獲得した力士

 少なくとも1年以上政権が存続しないと、そもそも6回の授与を行なえない。そういう厳しいハードルをくぐり抜けた力士たちである。全25回のうち18回を小泉政権で荒稼ぎした朝青龍、31回の約半分15回を中曽根政権で荒稼ぎした千代の富士が際立っている。2年半存続した橋本政権で貴乃花が8回、2年存続した福田(父)政権で北の湖が7回獲得と健闘(?)が目立つ。大鵬は授与が始まってからのこの6回が最後の優勝期間である。仮に佐藤内閣発足から授与が始まっていれば18回の獲得だった。

優勝力士名[回数] 総理大臣名 獲得期間
朝青龍[18] 小泉純一郎 H14.11-18.9
千代の富士[15] 中曽根康弘 S57.11-62.7
貴乃花[8] 橋本龍太郎 H8.3-9.9
北の富士[7] 佐藤榮作 S44.11-46.11
北の湖[7] 福田赳夫 S52.3-53.9
大鵬[6] 佐藤榮作 S43.9-46.1
玉乃島→玉の海[6] 佐藤榮作 S43.5-46.7
輪島[6] 田中角榮 S48.5-49.9
千代の富士[6] 鈴木善幸 S56.1-57.7
千代の富士[6] 竹下登 S62.11-H1.3
貴ノ花→貴乃花[6] 村山富市 H6.9-H7.9

3人以上の総理から獲得した力士

 我が国では長期政権の例は少ない。従って1年2年で交替する例が多いが、近年は1年程度で交替するので授与人数も多くなる。また、政権交代期に優勝した貴乃花は自由民主党・日本新党・新生党・日本社会党の総理から授与された珍しい例である。

優勝力士名[回数] 人数 総理大臣名
貴花田→貴ノ花→貴乃花[22] 8 宮澤喜一・細川護熙・羽田孜・村山富市・橋本龍太郎・小渕恵三・
森喜朗・小泉純一郎
白鵬[20] 7 小泉純一郎・安倍晋三・福田康夫・麻生太郎・鳩山由紀夫・菅直人・
野田佳彦
輪島[14] 6 佐藤榮作・田中角榮・三木武夫・福田赳夫・大平正芳・鈴木善幸
北の湖[24] 6 田中角榮・三木武夫・福田赳夫・大平正芳・鈴木善幸・中曽根康弘
千代の富士[31] 5 鈴木善幸・中曽根康弘・竹下登・宇野宗佑・海部俊樹
曙[11] 5 宮澤喜一・細川護熙・村山富市・橋本龍太郎・森喜朗
武蔵丸[12] 5 村山富市・橋本龍太郎・小渕恵三・森喜朗・小泉純一郎
朝青龍[25] 5 小泉純一郎・安倍晋三・福田康夫・麻生太郎・鳩山由紀夫
若三杉→若乃花[4] 3 福田赳夫・大平正芳・鈴木善幸
保志→北勝海[8] 3 中曽根康弘・竹下登・海部俊樹
若花田→若乃花[5] 3 宮澤喜一・村山富市・橋本龍太郎

平成二十三年十月十日作成

制作・著作:紅葉橋律乃介(momijibasi@yahoo.co.jp) その他入口へ 銀河大角力協会へ行く
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